山梨県甲府市。この地の商業の中心として、長きにわたり県民に愛され続けてきた百貨店「岡島」。創業から180年以上の歴史を持ち、甲府のランドマークとして君臨してきた同店ですが、2023年3月に近隣の商業施設「ココリ」への移転リニューアルという大きな変革を遂げました。老舗百貨店が踏み切った「コンパクト化」という決断の裏には、どのような苦悩と勝算があったのか。そして、変わりゆく時代の中で見据える「地方百貨店の在り方」とは。

江戸時代から続く歴史と、現在の事業展開

Q:株式会社岡島の歴史と現在の事業内容について教えていただけますか。
A:私たちの歴史は非常に古く、創業は江戸時代、天保14年(1843年)にまで遡ります。もともとは茶商として始まり、その後、呉服商へと転換しました。皆様がイメージされる近代的な「百貨店」の形になったのは、昭和13年(1938年)頃のことです。
長い歴史の中で、戦時中の空襲による全焼や、その後の復興、高度経済成長期など、時代の荒波を乗り越えてきました。
現在は、中核となる百貨店事業に加え、フランチャイズ事業としてホームセンターや家電販売、不動産業なども手掛けています。かつては多角経営で20社ほど関連会社がありましたが、時代の変化に合わせて整理を行い、現在は筋肉質な経営体制で事業を展開しています。

コロナ禍が突きつけた「生存への危機」

Q:「ココリ」への移転。この決断に至った経緯をお聞かせください。
A:最大の転機となったのは、やはり新型コロナウイルスの感染拡大です。
実はコロナ前の2018年、2019年頃から、地方百貨店を取り巻く環境は厳しさを増していました。消費増税の影響もあり、売上の減少傾向が続いていたのです。そこで私たちは、2020年から5カ年計画で店舗の再生プランを練り上げていました。
ところが、その矢先の2020年3月、コロナ禍が世界を襲いました。売上は瞬く間に蒸発し、4月には1ヶ月間の休業を余儀なくされました。あの時、私は直感しました。
「このままこの巨大な店舗を維持することは時代に逆行するのではないか!」と。
旧店舗は非常に大きく、光熱費や維持費だけでも莫大なコストがかかっていました。売上が立たない中で、この巨艦を維持し続けることは不可能です。
生き残るためには、身の丈に合ったサイズにダウンサイジングするしかない。
そこで、近隣の「ココリ」というビルへの移転を決断しました。売場面積は実質4分の1になりましたが、これは撤退ではなく、岡島という暖簾(のれん)を守り、甲府の街に百貨店を残すための「戦略的縮小」だったのです。

Q:売場が小さくなることへの不安はありませんでしたか?
A:もちろんありました。しかし、移転後の今、確信していることがあります。それは「地方における百貨店の役割」の変化です。
かつて百貨店は、何でも揃う巨大な箱であることが求められました。しかし今は、ネットで何でも買える時代です。地方都市において、拡大路線で利益を追求するモデルはもはや通用しません。では、なぜ百貨店が必要なのか。私は、百貨店は街の「インフラ」であり、「象徴」であると考えています。
例えば、お祭りをするには中心となる神社が必要ですよね。それと同じで、街が賑わい、人が集まるためには、その核となる「百貨店」という存在が必要なんです。
私たちは単にモノを売るだけでなく、甲府という街の「景観」や「文化」の一部を担っています。移転によって規模は小さくなりましたが、その分、厳選した上質なもの、ここでしか出会えない体験を提供することに特化しました。実際、コロナ禍で東京や海外に行けなくなった富裕層のお客様が、「灯台下暗しだったけれど、岡島には良いものがあるじゃないか」と再評価してくださったんです。東京との距離感が近い山梨だからこそ、わざわざ都内に行かなくても地元で満足できる質の高い提案が求められていると痛感しました。

伊勢丹での37年と、現場主義の哲学

Q:ご自身は長年伊勢丹(現・三越伊勢丹)でお勤めされていました。その経験は現在の経営にどう活かされていますか。
A:私は大学を出てから37年間、伊勢丹で働いてきました。新宿本店での勤務や、相模原店の店長などを経験し、60歳で岡島に戻りました。伊勢丹時代に学んだことは数え切れませんが、最も大切にしているのは「現場主義」です。
昨今はDX(デジタルトランスフォーメーション)や効率化が叫ばれていますが、商売の基本はやはり人と人との生身(なまみ)の接触にあります。
私は今でも、できる限り店頭に立ち、お客様をお出迎えするようにしています。お客様の顔を見て、言葉を交わす。そこからしか得られない情報は山ほどあります。データ上の数字も大切ですが、現場の空気感、お客様の楽しそうな表情、そういった「温度」を感じ取ることこそが、百貨店経営の原点だと信じています。

これからの百貨店に求められる「発見」と「季節感」

Q:これからの岡島、そして地方百貨店の未来をどう描いていますか。
A:今、日本の気候は「四季」から「二季」になりつつあると言われています。春と秋が短くなり、夏と冬が長くなっている。これに合わせて商品政策も柔軟に変えていかなければなりません。しかし、どれだけ時代が変わっても変えてはいけないのは「お買い物の楽しさ」の提供です。ネット通販は便利ですが、目的のものを買う「作業」になりがちです。一方、百貨店は「何かあるかな?」とふらっと立ち寄り、予期せぬ素敵なモノと出会う
「発見」の場所です。大切な人への贈り物を、店員と相談しながら選び、綺麗に包装してもらい、手渡す。その一連のプロセスにある「人の温かみ」や「情緒」は、デジタルでは代替できないと思っています。

「街の灯」を消さないために

A:私たちは規模を縮小してでも、この甲府の地に残ることを選びました。それは岡島がなくなってしまえば街の灯が消えてしまうという危機感があったからです。
「地域一番店」として、売上を競う時代は終わりました。これからは「地域と共に生きる店」として山梨の豊かな暮らしを支えるインフラであり続けたい。 皆様の人生のハレの日や日常のちょっとした贅沢に寄り添える存在として、これからも甲府の街で商いを続けてまいります。ぜひ、新しくなった岡島でリアルな店舗ならではの「発見」を楽しんでいただければ幸いです。

Profile

雨宮 潔 Kiyoshi Amemiya

株式会社岡島

大学卒業後、株式会社伊勢丹(現・三越伊勢丹)に入社。新宿本店や相模原店長などを経て、37年間の百貨店勤務を経験したのち60歳で地元へ戻り、株式会社岡島の社長に就任。長年の百貨店マンとしての知見を活かし、老舗の改革に取り組んでいる。

https://www.okajima.co.jp/

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