「見えない想いと、語らぬ自然をカタチに」――古き良きものを未来へ繋ぐワイン造り

1937年の創業以来、日本固有のブドウ品種「甲州」に特化したワイン造りを続ける勝沼醸造株式会社。
業界に先駆けて甲州ワインの可能性を追求し、2000年代には「柑橘類のような香りがする」という評価の礎を築きました。代表取締役社長の有賀裕剛さんは、4代目として2025年より経営を担います。2007年の入社後、渡仏経験を経て醸造技術を磨き、2013年には専務取締役に就任。現在は深夜3時から自ら畑に立つなど、現場主義を貫きながら、伝統的なジョージアのクヴェヴリ(土着の甕)や3Dプリンターを用いたコンクリート製容器など、革新的な醸造手法にも挑戦しています。「見えない想いと、語らぬ自然をカタチに」というパーパスのもと、ワインを通じた人と人との繋がりを大切にし、音楽イベントなどライフスタイル提案にも注力。令和元年には有形文化財に認定された建物を活用し、直売所として想いを直接伝える場も整えました。

Q:創業の背景を教えてください。
A: 初代は1937年、製糸業を営む傍らワインの個人醸造を始めました。その後、政府の要請により酒石酸を軍に納める業務を行い、1950年代に酒類製造が免許制度となったタイミングで免許を取得。そこから勝沼醸造株式会社の設立に至りました。私たちが最も注力しているのは、日本固有の「甲州」という品種です。そのルーツは東ヨーロッパのコーカサス地方にあり、シルクロードを経て仏教伝来とともにこの地に伝わったと言われています。1300年もの歴史を持つこの品種に特化したワイン造りに、私たちはどこよりも早く取り組んできました。

かつて平凡、貧弱なブドウ品種と言われた甲州でしたが、2000年代に山梨県笛吹市御坂町金川原の字名「伊勢原」のぶどうで業界を驚かせるワインを発表しました。柑橘類のような香りがするという甲州ワインの評価の礎となったことは、私たちの誇りです。

Q:4代目として、家業を継ぐ経緯を教えてください。
A: 実は幼少期は、家業に対して複雑な思いを抱いていました。父は仕事に情熱を注ぐあまり、家庭で過ごす時間が限られていました。子供心に「ワインのせいだ」と、受け入れがたい思いを抱いていました。
一度は東京農業大学の醸造科学科に入りましたが、地元を離れた解放感から「絶対に継がない」と決意し、東京でスタイリストとして働き始めました。しかし、どこかで親に背いたことへのわだかまりが消えず、「自分は何者なのか」と自問自答する日々が続きました。
転機は、父が隣接する工場を買収し、一気通貫の自社生産体制を整えたことでした。それまではブドウを大手へ供給する側面もありましたが、自社で「甲州」の価値を世界に問う準備が整ったのです。父から「戻らないか」と声をかけられたとき、これがラストチャンスだと感じました。当時の私に前向きな言葉をかけてくれた父には、今でも感謝しています。その経験があるからこそ、私は従業員やお客様に対しても、前向きな言葉をかけ、その「心に投資したい」と考えているのです。
2007年に入社後は醸造部門に所属し、下積みを経て2009年に渡仏。フランスブルゴーニュ地方の名門ワイナリーに勤務するとともに、国立ワイン学校で学びました。帰国後、2013年に専務取締役および栽培・醸造部門責任者に就任し、2025年より代表取締役社長を務めています。

「古くて新しい」価値観の継承

Q:現在、最も力を入れている取り組みを教えてください。
A: 私は会社が所有する畑の中でも自分の担当区画を持っており、農作業が必要な時期は深夜3時に家を出ます。周囲からは「社長がそこまでしなくても」と言われますが、私自身が最前線にいたいという思いがあります。そうした時期は午前3時から9時まで現場で働き、その後通常の業務に入るという、少々変則的な生活を送っています。
ワインは非常に繊細な「生き物」です。樽を叩いたり、空気に触れたりするだけで品質は確実に変わります。ですから、醸造過程においては「可能な限り動かさない」ことが鉄則です。弊社の醸造施設は、ブドウの入荷、搾汁、そして瓶詰めまでが一連の流れとして完結するよう設計されています。いかに鮮度を保ち、静かに熟成させるかが重要であり、揺れひとつとっても完成した際の香りや口当たりに影響を及ぼす世界なのです。
醸造においても独自の取り組みをしています。私は「ワイン造りは技術ではない」と考えています。差を生むのは、造り手の想いや自然が持つエネルギーを信じることです。ジョージアの伝統である土着の甕(クヴェヴリ)を埋設したり、コンクリートタンク、あるいは3Dプリンターを活用した卵型の容器を試したりしています。父の世代は管理のしやすいステンレスを重宝しましたが、私は土や石、木といった自然素材を用いた、より原始的で本質的な素材に惹かれています。

Q:大切にしている価値観を教えてください。
A: パーパスとして「見えない想いと、語らぬ自然をカタチに」を掲げています。私たちの仕事は、目に見えない想いや自然の声を、ワインという形にすることです。ブドウや畑は言葉を持ちませんが、想像力を働かせることで、それらを表現することができる。想像力こそが人への優しさや思いやりの原動力です。
親子ですので、かしこまった継承の儀式があったわけではありません。ただ、ワイン造りの環境で育つ中で、美味しいワインを造ることは当然として、「この畑の景観を守り抜かなければ、ワイン産地としての未来はない」という感覚が身に付いています。その価値を伝え、多くの方に飲んでいただくことが私の使命だと考えています。
また、令和元年に弊社が有形文化財に認定された際、父の実家でもあった建物をリニューアルしました。以前は生活の場であったためお客様を中にお通しすることはできませんでしたが、現在は直売所として活用しています。ここでは私たちの想いを直接お伝えできますし、中間マージンのない健全な商売も成立します。
私は以前ファッション業界におり、クラシックな装いを学んできました。そこで得たのは「古いものは古くならない。古いものは常に新しい」という価値観です。単に古いだけでは時代から取り残されますが、クラシックを基調としながら現代の感性を片足分だけ取り入れる。そのバランスを大切にしています。

ライフスタイルとしてのワイン

Q:ワインづくりを通じて伝えたい価値観を教えてください。
A:ワインには語りすぎない『余白』が必要です。飲む人が何かを感じ、考える余地を残しておくこと。それが、私が大切にしたい空間のあり方です。
建物も道具も、使い込むほどに味が出るものが好きです。新品が最も美しいのではなく、傷やシミが歴史として刻まれ、革製品のように深みを増していく。そうした『時間の経過を味方につける』姿勢を大切にしています。想像力こそが人への優しさや思いやりの原動力。
ブドウや畑は言葉を持ちませんが、想像力を働かせることで、それらを表現することができるのです。

Q:今後の展望について教えてください。
A: 飲酒人口の減少や、あえて飲まない「ソバキュリアス」という層が増える中で、単なる飲酒習慣ではなく「ライフスタイルの一部」としてワインを提案したいと考えています。音楽イベントなどを通じて、ワインという共通言語で人と人が繋がる場をこの地から発信していきたい。
ワインによって人と人を繋げること。飲酒や食文化だけではなく、芸術、音楽、スローライフなど人のライフスタイルのどこかに訴えかけてお酒の魅力の本質を伝えることに注力しています。
私は、長男として生まれたからこの席にいるだけで、決して特別に優秀なわけではありません。しかし、任された以上は次世代のために最善の環境を整えておきたい。流行に左右されず、誰かにとっての「特別な存在」であり続けるために、これからも個性を磨き続けていきたいと考えています。

想像力こそが人への優しさや思いやりの原動力

「私自身、家業を継ぐことに長い間葛藤してきました。一度は「絶対に継がない」と決意し、全く違う道を歩んでいました。でも、その回り道があったからこそ、今の自分があると思っています。
ファッション業界で学んだことや、フランスで得たワイン造りの知識、そして何より「自分は何者なのか」と自問自答し続けた日々。それらすべてが、今のワイン造りに活きています。迷うこと、葛藤することは決して無駄ではありません。むしろ、その経験があるからこそ、人への優しさや想像力が育まれるのだと思います。
若い皆さんには、すぐに答えを出そうと焦らないでほしい。遠回りに見える道も、いつか必ず自分の財産になりますから。」

Profile

有賀 裕剛 Hirotaka Aruga

勝沼醸造株式会社

1981年山梨県生まれ。東京農業大学醸造化学科中退後、スタイリストを経て、2007年に勝沼醸造株式会社に入社。2009年に渡仏し、フランスブルゴーニュ地方の名門ワイナリーで研鑽を積む。2013年に専務取締役および栽培・醸造部門責任者に就任。2025年より代表取締役社長。日本固有品種「甲州」の可能性を追求し、伝統と革新を融合させたワイン造りに情熱を注ぐ。

https://www.katsunuma-winery.com

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