経営企画室 広報チーム
株式会社シャトレーゼホールディングス
小宮山 大樹 Hiroki Komiyama
山梨の澄んだ空気のなかに、ふと木々の香りが混じる瞬間がある。その目に見えない存在をすくい取り、人の記憶や感情と結びつけながら、かたちある価値へと昇華していく。株式会社INNER FLAREは、そんな香りの可能性と真摯に向き合い続けている企業だ。化粧品や香り雑貨の製造・販売を軸に、自社アトリエでのワークショップ、企業向けOEM、さらには新たに化粧品事業を立ち上げたい企業への支援まで、その取り組みは多岐にわたる。しかし、事業の広がり以上に印象的なのは、「香りは人生の物語に寄り添うもの」という一貫した思想である。
この考えを体現しているのが、代表の小宮山氏だ。香料と化粧品、二つの分野で経験を積んできた彼は、流行や効率だけを追うのではなく、一人ひとりの内面に静かに耳を傾けるものづくりを選んできた。社名である「INNER FLARE」も、そうした姿勢を象徴している。フレグランス・アート(Fragrance Art)を略した「FLARE」に、「内なる」という意味の「INNER」を重ね、香りをきっかけに人の記憶や感情が呼び覚まされ、心の奥で小さな炎がパッと燃え上がるような体験を届けたい――そんな願いが込められているという。
誰かの記憶に触れ、忘れかけていた感情を呼び覚まし、その人自身の歩みを肯定する香りを生み出す。今回は、小宮山氏に「香り」との出会いや、事業への想いを伺った。
Q:「香り」の世界へと辿り着くまでのきっかけを教えてください。
A: 高校2年生の秋、父親が初めて観に来てくれた野球部の試合の大切な場面で、大きな失敗をしてしまいました。監督からは強く叱責され、抑えきれない怒りと悔しさが爆発し、トイレのガラスを素手で叩き割ってしまいました。しかし、大怪我を負って救急車で運ばれる最中、痛みとともに込み上げてきたのは、「自分はなぜ、これほどまでに感情を制御できなかったのか」という、自分自身への強烈な違和感でした。
今でも腕には深い傷跡が残っていますが、この経験が「なぜ自分はこれほど感情を抑えられなかったのか」という人間心理への深い興味に繋がりました。そして、怪我を乗り越えて復帰した後も、心理や出来事の本質をより深く探求するようになりました。
直接的に「香り」を突き進む後押しとなったのは、進路選択で悩んでいた私に母がかけてくれた、「そんなに香りが好きなら、仕事にしてみたら」という言葉です。もともと中学生の頃から香水の小瓶を眺めるのが好きだった私と、挫折を経験して人間心理に大きく興味を持った私がつながったような感覚になりました。
Q:なぜ「独立」という道を選んだのでしょうか。
A: 専門学校を卒業後、香水ブランドの「エンジェルハート」で販売の最前線を学び、その後は原料メーカーで科学的な分析の視点を養いました。さらに「John's Blend」の構想メンバーとして、ブランドがゼロから形になり、世の中に広がっていく熱量を肌で感じることができました。これらは素晴らしい経験でしたが、心の中には常に「もっと一人ひとりの内面、その人自身の物語に深く関わりたい」という渇望があったんです。
そんな時、関わりのあったアメリカ人のコンサルタントに「なぜ君は、本当にやりたいことをやらないんだ?」と直球の質問を投げかけられました。さらにコロナ禍や世界情勢の不安定化を目の当たりにし、人生がいかに有限であるかを痛感しました。「いつか」ではなく「今」始めなければ、私は一生後悔する。そう確信したんです。
独立して山梨で活動を始めた今、私は「香りは鏡のようなもの」だと考えています。お客様がこれまでの人生を振り返り、大切にしてきた価値観を言葉にしていく。そのプロセスを経て出来上がった香りは、単なる消耗品ではなく、その人自身を支える「お守り」のような存在になります。
例えば、亡くなられたお母様の香りを再現したいというお客様がいらっしゃいました。その香りを通じてお客様が過去と向き合い、涙を流しながら「今の自分」を肯定する瞬間を目の当たりにしたとき、これこそが私のやりたかったことだと確信しました。かつての私が、自分の荒れ狂う感情をどう扱えばいいか分からず苦しんだように、今の社会でも自分の本質を見失いそうな方は多い。私の仕事は、香りの力を借りて、その人が「自分らしくあること」を支援することなのです。
Q:これからの展開について教えてください。
A: 山梨の豊かな自然を活かした「山と香り」を掛け合わせた事業を計画しています。自然と深く関わる中で、山梨県産のヒノキやアカマツから精油を抽出し、その土地の空気感を閉じ込めたような香りを製品化したいと考えるようになりました。香りの原料を採取することで山を整え、この活動を通じて、登山道の整備や林業の活性化に貢献し、山梨に関わる「関係人口」を増やしていくことが目標です。
また、現在は専門学校講師として次世代の育成にも関わっており、彼らには「技術だけでなく、心で香りを扱うプロ」になってほしいと伝えています。来年度、私の教え子が新入社員として入社してくれますが、彼ら彼女らが自分の感性を爆発させ、生き生きと働ける場所をこの山梨に作りたいと益々感じています。
人生の瞬間に”香り”を
人生は一度きりであり、時間は有限です。リスクを恐れる気持ちはあるかもしれませんが、やらない後悔よりも、情熱に従って行動することを選んでほしいと思います。そして、その一人ひとりの選択や歩みのそばに、そっと寄り添える存在でありたい。その人の記憶や時間の積み重なりに溶け込み、ふとした瞬間に思い出を呼び起こす―私たちはそんな「香り」を届け続けていきたいと考えています。
小宮山 大樹 Hiroki Komiyama
株式会社INNER FLARE
1990年山梨県甲斐市生まれ。香りの道を志し東京バイオテクノロジー専門学校で調香を学ぶ。卒業後、「エンジェルハート」や「John’s Blend」などの香水ブランド、原料メーカーでの経験を経て、2023年9月に故郷・山梨で株式会社INNER FLAREを設立。記憶や情熱を香りで表現するフレグランスアーティストとして活動している。
https://inner-flare.jp/