伝統と革新を両立させる12代目の覚悟と、煮貝が紡ぐ未来

山梨県を代表する伝統食「煮貝」。海のない山梨で、江戸時代初期から400年以上にわたり受け継がれてきた保存食の技術は、今や希少な国産アワビと職人の手仕事が生み出す贅沢な逸品へと姿を変えました。有限会社みな与商事は、その伝統を守り続ける老舗中の老舗です。12代目・飯島尚さんが大切にするのは、「味を守り抜くこと」と「時代に合わせた変革」という一見相反する二つの軸。すべて手作業で仕上げる製法、産地直送の国産アワビへのこだわり、代々受け継がれる秘伝のタレ――。守るべきものは徹底して守りながら、煮貝をギフトだけでなく日常でも楽しめる存在へと変えていく挑戦が始まっています。

Q:400年という歴史の中で、守り続けているものと変えてきたものを教えてください。
A: 弊社の歴史を遡りますと、初代から数えて400年以上になります。これほど長く続けてこられたのは、代々の積み重ねがあってこそだと感じております。
やはり「味を守り抜くこと」が一番の使命です。ただ、守るだけではなく、社会の変化に合わせて細かな調整も続けています。煮貝の醤油の漬け具合ひとつとっても、現代の方のお好みに合わせて年々少しずつ薄味にしたり、保存方法を改良したりといった工夫を重ねています。

仕入れ先の選定やアワビの鮮度にも徹底してこだわっています。醤油についても、厳選したものを取り寄せ、独自の配合でブレンドしたタレを使用するなど、専門店として恥じない美味しさを提供できるよう努めております。

Q:家業を継ぐことになった経緯など教えてください。
A:私自身、家業を継がなければならないというプレッシャーの中で育ってきた経験があります。そうした環境で成長することの重さを身をもって知っているからこそ、次の世代には同じような負担をかけたくないという想いが強くあります。
12代目として家業を引き継いだ今、この仕事の奥深さと難しさを実感しています。特に煮貝づくりで最も困難なのは「仕入れ」です。アワビは天然物ですので、気候変動の影響を強く受けます。全国各地から仕入れていますが、場所によって禁漁時期も異なるため、一年中神経を尖らせて良質なアワビを確保し続けなければなりません。

伝統の手仕事と希少性が生む価値

Q:みな与の煮貝が他店と違う点を教えてください。
A:まず、製造工程のすべてが手作業で行われていることです。近年では、大量生産のために機械を導入する食品メーカーも少なくありません。しかし、みな与では、400年前から受け継がれてきた製法を守り、今も職人の手で一つひとつ丁寧に仕上げています。
また、今販売されている煮貝の多くは、価格を抑えるために安価な輸入アワビが利用されています。しかし、やはり鮮度という意味では、国産アワビには敵いません。みな与では、国産の、しかも鮮度・質ともに最高のものだけを、産地から直接仕入れています。
原料となる国産アワビは、海水温の上昇や漁獲制限、自然環境の変化により、今やとても貴重な存在となっています。さらに、アワビは加工すると約半分の重さになってしまいます。仕入れた時の重さの半分しか商品として残らないのです。
秘伝のタレも、代々継承されたものをベースに、時代や素材の変化に合わせて少しずつ改良を重ねています。ただし、その味の根幹は、創業当時から変えずに守り続けているのです。

Q:お客様の利用シーンにはどのような変化がありますか。
A:常連のお客様や遠方のお客様については、ネット通販を通じたご購入が増えています。一方で、週末には多くの観光客の皆様が店頭に足を運んでくださいます。
利用シーンは非常に多岐にわたります。結納などの顔合わせの手土産や、出産の内祝い、あるいは仏事の返礼品といった冠婚葬祭の需要。さらにお中元やお歳暮、お正月料理としての需要など、一年を通じて皆様の大切な場面で煮貝をお使いいただいております。

ギフトから日常へ、変化する時代への挑戦

Q:12代目として、今後新しく挑戦していきたいことを教えてください。
A:ギフトとしてのイメージが強い煮貝を、もっと手軽に、日常的に楽しんでいただける環境を作りたいと考えています。煮貝は贈答品としての需要が圧倒的に多いため、ご自身で召し上がる機会は意外と少ないものです。
そこで、例えば週に一度の「金曜日限定」といった形で、ここで煮貝に合う日本酒やワイン、あるいはアワビ丼などを提供する場を設けたいという将来の展望があります。
私一人で切り盛りすることになるため、まずは体力を考慮しつつ、週一回の「ちょい飲み」のような形で、煮貝のブランド価値を高めながら新しい楽しみ方を提案できればと思っております。

Q:次世代への継承についてはどのようにお考えですか。
A:息子はおりますが、継承について私から強く言うつもりはありません。私自身、家業を継がなければならないというプレッシャーの中で育ってきた経験があるため、息子には同じような負担をかけたくないのです。「やりたければやってほしい」というスタンスで見守っています。
ただ、この商売において最も困難なのは「仕入れ」です。気候変動の影響を考えると、同じ形での継承が難しい時代が来るかもしれません。だからこそ、先ほどお話ししたように、もっとフラットに立ち寄れるような新しい業態の模索も必要なのだと考えています。

好きなことを追求してほしい

「ぜひ、自分の『好きなこと』を追求してほしいと思います。好きなことでなければ長続きしませんし、突き詰めることも難しい。私自身、煮貝を作ることもお酒を嗜むことも大好きだからこそ、この味を守り続けていきたいと思えるのです。時代は常に変化していきますが、変わらないのは『情熱を注げるものを見つけること』の大切さです。自分が本当に好きなことであれば、困難も乗り越えられますし、それを深く探求していく喜びを感じられるはずです。若い世代の皆さんには、自分の情熱を注げる分野で、探求を深めながら歩んでいってほしいですね。」

Profile

飯島 尚 Hisashi Iijima

有限会社みな与商事

みな与12代目

山梨県出身。江戸時代初期から400年以上続く煮貝専門店「みな与」の12代目。代々受け継がれてきた秘伝のタレと手作業による製法を守りながら、現代の嗜好に合わせた味の調整や新しい楽しみ方の提案など、伝統と革新の両立に取り組む。国産アワビへのこだわりと職人の手仕事で仕上げる煮貝は、冠婚葬祭やお中元・お歳暮など、人生の大切な場面で選ばれ続けている。現在は、ギフトとしてだけでなく日常的に煮貝を楽しめる環境づくりに挑戦中。

https://minayo.co.jp/

More Interviews