型にはまらない“発想”で、誰もが自分らしく生きられる場所をつくる

山梨県甲州市勝沼町。ぶどう畑が広がる風光明媚なこの地で、高齢者福祉と障害者福祉の垣根を超えた多角的な事業を展開している社会福祉法人「山の都福祉会」。
同法人は、身体障害者支援施設や特別養護老人ホームなど、複数の拠点を運営し、利用者の「自分らしい生活」を支えています。その舵を取るのは、かつて33年間、高校の教壇に立っていたという異色の経歴を持つ理事長、逸村一徳氏。
「教育現場での経験が、今の福祉運営の根幹にある」と語る逸村氏。なぜ教師から福祉の道へと進んだのか、そして「一法人多施設」という独自のスタイルを築き上げた背景にはどのような想いがあるのか。そのユニークな経営哲学を紐解きます。

Q:御社の事業内容について教えていただけますか。
A:私たちは山梨県で社会福祉事業を行っていますが、一般的に社会福祉法人というと「高齢者福祉だけ」「障害者福祉だけ」と専門特化しているケースが多いのですが、私たちの最大の特徴は、その両方を手がけていることだと思います。これを私たちは「一法人多施設」と呼んでいます。具体的には、第1種社会福祉事業として身体障害者支援施設「スカイコート勝沼」や特別養護老人ホームなどを運営し、第2種事業としてデイサービスや放課後等デイサービスなども展開しています。高齢者の方も、身体や精神、知的な障害をお持ちの方も、地域の中で安心して暮らせるよう、包括的な支援を行っているのが私たちの強みです。

一人ひとりに「人生の時間割」を。高校教師の経験が生んだ多角経営

Q:高校の先生をされていたと伺いましたが教育の現場から福祉の世界へ進もうと思われたきっかけは何だったのでしょうか。
A:きっかけは、教員時代に生徒たちと始めたボランティア活動でした。
工業高校などの実業高校には、勉強があまり得意ではない生徒もいます。しかし、そうした生徒たちを連れて福祉施設へボランティアに行くと、学校では見られないような素晴らしい表情を見せてくれることに気がつきました。普段は自信に欠けているような生徒が、車椅子の方の介助をしたり、利用者さんと話をしたりすることで、「ありがとう」と感謝される。誰かの役に立つ喜びを知ることで、生徒たちの自立心が芽生え、顔つきが変わっていくのを目の当たりにしました。
当時、県のボランティアセンターを中心に、夏休みなどを利用して生徒と一緒に様々な施設を訪問したり、体験入所を行ったりしていました。そうして障害者の方々と深く関わる中で、私自身も福祉という仕事の奥深さや、社会的意義の大きさに強く惹かれていったのです。それが今の原点だと思います。

Q.:「一法人多施設」という独自のスタイルは、どのように生まれたのでしょうか。
A:かつて私が勤めた高校では、生徒の適性に合わせ、不得意な分野を外して農業や工業等を学ぶといった「単位制」を導入していました。実は、この「一人ひとりに合った時間割を作る」という経験こそが、私の福祉観の原点です 。福祉も同じです。入所か通所かといった決められた枠ではなく、その人に必要な支援を組み合わせる。だからこそ私は、障害者支援と高齢者介護を包括する「多角経営」にこだわりました 。当初は税理士さんから「借入金が増えるだけだ」と猛反対され、計画が白紙になりかけましたが、目の前に困っている人がいれば、必要な「施設」を用意するのが筋です 。「制度に人を合わせるのではなく、人のために制度を使う」。教育現場で培ったこの信念こそが、今の山の都福祉会を支える揺るぎない信念なのです 。

廃校を「地域の灯」に再生。制度の枠を超えた、障害と高齢の共生

Q. 廃校を活用したプロジェクトなど、常に新しい「場」を開拓されていますね。
A:大月市にある旧・浅利小学校を活用したプロジェクトです。
旧浅利小学校は耐震補強が済んだ鉄筋校舎でしたが、廃校になっていました。一方で、地域には重度の障害者を受け入れる施設が不足しており、高齢化も進んでいたので「それなら、ここを拠点にしよう」と 。地元の方々と膝を突き合わせて話し合う中で、「地域密着」を掲げるなら、障害者支援だけでなく、地域の高齢者も利用できる機能が必要だと思いました。ここでは「共生型」として、障害を持つ方と高齢者が同じ敷地内、時には同じ空間で過ごします。法的には障害者福祉と高齢者介護は別の法律で動いていますが、現場ではそんな区分けは関係ない。「人」を見るわけです。過疎化が進む地域において、縦割りの制度に固執していては地域の生活を守れません。学校という地域のシンボルだった場所が、今度は福祉の拠点として生まれ変わる。これは非常に意義のあることだと思っています 。


Q. 今後の展望をお願いします。
A:現代の社会課題は非常に複雑化していると思います。「8050問題」のように、高齢の親と引きこもりの子が同居する家庭では、介護と貧困、時には虐待といった問題がいくつもの層のように重なっています。これらは厚生労働省の管轄だけでなく、文部科学省や他の省庁とも連携して取り組まなければ解決できない「複合的な課題」だと思います。 これからの福祉は、単に「お世話をする」だけでなく、制度の縦割りを越えて、教育や就労支援まで含めたトータル的なサポートが必要になってくるでしょう。
特に力を入れたいのが、障害者の就労支援です。 障害があるからといって、ただ守られるだけの存在ではありません。彼らが働いて給料を得て、納税者として社会に貢献できる仕組みを作りたい。「職業支援機構」のような形を作り、彼らが誇りを持って働ける場を創出することが次の目標です。

失敗を恐れず、既存の枠を超えていく

今の若い人たちに伝えたいのは、学校の偏差値や成績だけが全てではないということです。社会に出れば求められるのは「発想力」や「工夫する力」です。 ちょっとしたアイデアや「なんとかしたい」という想いが社会を変える力になります。失敗を恐れず、自分の感性を信じて新しいことに挑戦していってほしいですね。 私たちも既存の福祉の枠にとらわれず、これからも地域の「困った」に応えるために挑戦を続けていきたいと思います。

Profile

逸村 一徳 Itsumura Kazunori

社会福祉法人 山の都福祉会

山梨工業高校(現・駿台甲府高校)で33年間理科教師を務め、生徒とのボランティア活動を原点に福祉へ転身。「一法人多施設」という独自のモデルを確立し、障害者支援と高齢者介護の枠組みを超えた地域密着型の多様な福祉事業を展開している。

https://www.yamanomiyako.or.jp/

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