規格外野菜に価値を見出し、失敗から学んだ経営者の覚悟

1997年の創業以来、カット野菜の製造を主軸に事業を展開する有限会社イズミフーズ。山梨県北杜市を拠点に、スーパーマーケットやコンビニエンスストアへ「洗わずにそのまま食べられる」カット野菜を供給しています。代表取締役の小池誠さんは、3代目として会社の舵取りを担います。1999年の杏林大学卒業後、すぐに入社。他社への出向を経て現場経験を積み、工場長、取締役常務を歴任。2012年に社長に就任しました。就任当初は経営の実態を把握できておらず、一時は資金繰りが悪化する危機に直面。この経験が、「現場の声を大切にする経営」「数字に基づいた判断」という現在の経営スタイルの原点となりました。現在は約170名の従業員とともに、省人化や安定した原料調達など、時代の変化に対応した取り組みを進めています。

Q:創業の背景を教えてください。
A: 弊社は圃場で発生する規格外野菜、いわゆる「はね出し」と呼ばれる野菜を有効活用する目的で、1997年に野菜加工工場として創業しました。当初はそうした野菜を漬物にして商品化していましたが、創業から1年ほど経った頃、現在の主力商品であるカット野菜の製造を開始しました。
主な取引先はスーパーマーケットやコンビニエンスストアです。店頭に並ぶ「洗わずにそのまま食べられる」状態の、洗浄・カット済み野菜を製造しています。全国各地から仕入れた野菜を徹底的に洗浄し、異物や虫、土を除去した後、規格に合わせてスライスカットを行い、盛り付け、商品化して出荷しています。
4月から11月中旬頃までは山梨や長野県の野辺山・川上といった近隣産地のものが中心ですが、冬場は寒冷地のため収穫が困難になります。そのため、年間を通じて安定供給できるよう、南は九州から、品目によっては北海道まで、全国的な仕入れルートを構築しています。最も使用量が多いのは、断トツでキャベツです。次いで玉ねぎ、冬場は白菜などが上位にきます。キャベツは汎用性が非常に高く、他の野菜とは桁違いの量を扱っております。

Q:3代目として、どのような経緯で社長に就任されたのでしょうか。
A: 私は3代目の代表となります。初代社長である父が工場を立ち上げ、経営を担いました。父が平成19年5月に急逝した後、叔父が2代目として中継ぎの役割を果たし、平成24年に私が3代目社長に就任しました。
1999年に杏林大学を卒業後、すぐにイズミフーズに入社しました。入社後すぐに勉強のため、他の製造工場会社に1年半出向しました。イズミフーズに戻った後は、工場長、取締役常務を歴任し、食品衛生責任者、第1種衛生管理者の資格も取得しました。
振り返ると、就任当初の自分は穴があったら入りたいほど、経営者としての自覚が欠如していました。何もせずとも会社は回るものだと錯覚しており、資金繰りや経営の実態を全く把握できていなかったのです。その結果、一時期は資金が回らなくなるほど、経営を危うくしてしまいました。顧問の方に相談し、何とか持ち直すことができましたが、当時の自分に対しては「なぜもっと真剣に現場や数字を見なかったのか」と強い悔しさと情けなさを感じました。もしあの時会社が倒産していれば、家族や従業員の人生を台無しにしていたでしょう。その恐怖と後悔は、今も身に染みています。

現場との協調が生む組織力

Q:現在、最も力を入れている取り組みを教えてください。
A: 現在最も注力しているのは、省人化、つまり人や人の能力に頼らない製造ライン化です。食品製造業界全体が人手不足に直面する中、安定した生産体制を維持するためには、属人的な技能に依存しない仕組みが不可欠だと考えています。
また、近年の天候災害——猛暑、干ばつ、台風、雹、ゲリラ豪雨、雪など——においても、ある程度は安定した原料野菜の仕入ができる体制を整えることが必要です。原料がなければ商品が製造できません。それは弊社にとってもリスクであるうえ、小売りスーパーにとっても商品が届かないリスクになります。自然災害等で道路が物理的に寸断されてしまうと対策の取りようはありませんが、原料不足で製造できない状態にならないよう、今後の仕入対策を留意しています。
2014年2月の大雪は、工場が4日間操業できないほどの規模で、創業以来最初で最後の大きな出来事でした。この経験も、リスク管理の重要性を痛感するきっかけとなりました。

Q:経営において大切にしている価値観を教えてください。
A: 経営において私が重視しているのは、トップダウンではなく、現場の意見を取り入れることです。何か新しい施策を行う際は、「こうすれば改善されると思うが、皆はどう思うか」と問いかけ、賛同を得るようにしています。
現場の理解なしに一方的に命令を下しても、反発を招くだけで協力は得られません。準備期間を設け、一歩ずつ共に改善を進めることで、組織は良い方向へ向かいます。また、施策の結果が数字としてどう現れたかを確認することも欠かせません。
経営危機を経験してから、売上拡大や現場の改善、経費削減といった課題に対し、自分なりに勉強を重ね、数字に基づいた経営を真剣に考えるようになりました。社長一人でできることには限界があります。取引先の方々、そして現場で支えてくれる従業員一人ひとりの助けがあってこそ、今の会社があるのだと痛感しています。
製造出荷する商品の品質や安全性はもちろんですが、働いてくれている従業員のモチベーション向上も大切にしています。

地域貢献という誇り

Q:山梨県を拠点に事業を行なってよかったことは何でしょうか。
A: 生まれ育った地元北杜市で事業を行っていることは地元貢献の意義があると感じています。
経営危機を経験したとき、もし地元に住んでいる従業員の雇用を守れなかったら、自分はこの土地にいられなくなるという覚悟を持ちました。倒産も成長も、外部から見ればすべて社長の責任です。その責任の重さを常に自覚し、身を引き締めていかなければならないと考えています。
地元自治体に寄付をさせていただいたり、夏のお祭り等への寄付を出来ていること等々は嬉しく思います。地域と共に歩んでいける企業でありたいと思っています。

Q:今後の展望について教えてください。
A: 弊社は間もなく創業30年を迎えます。長く続いていることを評価してくださる社員もいますが、私自身は今のやり方が正解だとは満足していません。もっと早く気づき、もっと違うやり方をしていれば、より強固な会社にできていたのではないか。そうした自省の念が、今の私を突き動かしています。
今後の指針として、まずは法令遵守を徹底した上で、着実に利益を確保していくことです。食品を扱う以上、品質と安全性の追求に終わりはありません。「安全」は設備投資によって実現可能ですが、「安心」はお客様が感じるものです。イズミフーズの商品なら安心して購入できる、バイヤーの方なら安心して棚を任せられる。そう思っていただける品質を維持し続けることが、経営の土台となります。
また、中長期的には気候変動による原料調達のリスクも見据えています。今後、野菜の安定供給が困難になる時代が来るかもしれません。その際、カット野菜一本に頼るのではなく、新たな事業の柱を模索していく必要があると考えています。

失敗を深く考え、次に生かす

若い世代の方々には、「物事を深く、よく考えろ」と伝えたいです。
失敗を恐れずに突き進むことも大切ですが、なぜ失敗したのかを深く考え、次に生かすプロセスが不可欠です。私自身、手痛い失敗があったからこそ、経営者として変わることができました。
学生時代は特段の目標もなく、将来について深く考えることもありませんでした。行動が伴わないまま漠然と理想を抱いていた時期もありましたが、今振り返れば、当時の自分は非常に未熟であったと言わざるを得ません。
失敗から何を学び、どう行動を変えるか。その繰り返しが、人を成長させると確信しています。

Profile

小池 誠 Makoto Koike

有限会社イズミフーズ

1976年山梨県北杜市大泉町生まれ。1999年杏林大学卒業後、有限会社イズミフーズに入社。他社への出向を経て、工場長、取締役常務を歴任。食品衛生責任者、第1種衛生管理者の資格を取得。2012年に3代目代表取締役社長に就任。カット野菜製造を主軸に、品質と安全性を追求しながら省人化や原料調達の安定化など、時代の変化に対応した経営を推進。現場の声を大切にし、数字に基づいた誠実な経営スタイルで地域に根ざした企業づくりに取り組んでいる。

http://izumi-foods.jp

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